前年三人の閣僚が辞めて岸内閣にガタがきた。その頃『大野後継総理』の念書を岸が大野に書いたんです。あの最後の人事で岸は、六ヵ月前に辞めた池田をまた口説いたわけだ。例の念書をもらった大野が次期首相になっては具合が悪いということで、この時『池田次期首班』で岸・吉田間に密約ができたと思う。実は渋谷の料亭でメシを食べていたら、池田から「会いたい」という電話があった。「何だ」といったら、「岸に入閣を勧められている。どうにもならん」と池田がいう。「入閣してくれと岸がいったって、この間一緒に辞めたばかりで、また入閣とはどういうことだ」と自分は意見した。池田は「いわれればその通りだが、どうしても頼むといわれている。困っているんだ」という。「君はどうなんだ」と訊いたら、「断り切れないかもしれない」といったので、ガチャンと電話を切った。その後岸が「会いたい」といって、夜僕のところに来た。僕にも「入閣してくれ」とのことだった。「池田君のたっての希望だ」と岸がいっていた。「出たり入ったりするくらいなら、最初から出たりはしないよ」といって自分は断った。池田はあのとき体裁が悪かったはずですよ。

参院選直後に岸総理は内閣改造を断行した。岸さんから「人事の案を作ってみてくれ。ただし大蔵大臣は空欄にしておくように」という指示を受けた。人事案といっても藤山愛一郎外務大臣の留任など岸さんの構想に沿った案なのだが、とにかくまとめて首相官邸にもっていくと「これで結構」といって空欄の大蔵大臣のところに「福田赳夫」と書き込んだ。ところが、翌日早朝、岸総理から電話が入り「今弟の栄作がタクシーを飛ばしてきて、塀を乗り越えて入ってきて大げんかをした。あいつが大蔵大臣を辞めないというんだ」という。人事案では佐藤栄作氏は大蔵大臣から総務会長に転じることになっていたのだ。「こうなると罷免権を発動するほかはないな。格好はよくないが」と嘆くようにおっしゃる。「いいじゃないですか。そんなにやりたいとおっしゃるのなら引き続きやってもらったらどうでしょう」と私が言うと、岸さんは「そうするか。君にはとにかく経済閣僚になってもらいたい。通産だな」といわれたので「結構です」と答えた。
さていよいよ官邸から呼び出しかと思っていたところ、昼ごろになって「ちょっと来てくれ」と岸さんから呼ばれた。

官邸にいくと「いま池田勇人君がやってきて泣くがごとく、訴えるがごとくで帰っていった。『私は国会で中小企業の五人や十人発言で不信任を受け、通産大臣を辞任した。なんとかこの汚名をそそぎたいのでぜひ通産大臣をさせてもらえないか』というのを聞くとホロリとさせられるんだ」とおっしゃる。池田氏は原案では経済企画庁長官だった。「いいことじゃないですか」と答えると、残るポストはその経済企画庁長官と農林大臣ということになった。「差し支えなければ農林の方でいかがでしょうか」といって、結局 農林大臣に就任した。

参議院選挙がすんで、岸内閣の改造が日程にのぼる。岸は池田に入閣をすすめてきた。
新聞記者が池田に聞いた。
「岸さんから入閣してくれと言われたらどうしますか」
「おれは絶対に入らない。政治というものは数であり、数は金の力だ、というような金権政治の岸内閣には絶対に入らない」
池田は昂然として答えた。
河野はこの記事を見て、「俺は入らない」と言いだした。「池田が入らなければ、岸は俺をひきとめにかかるだろう」という考えだったのだろう。
岸は池田を口説く。「君の政策を実現するためにも、ぜひ、通産大臣になってほしい」と言う。池田は入閣を承諾した。
入閣をひきうけて帰ってきた池田に、夫人が言った。
「そんなことおひきうけになっていいんですか」
池田はちょっと、とまどいしたかっこうとなった。「間違ったかな」と思ったのかもしれない。池田派のほとんど全員が不満だった。
池田は、「政治的雑音を聞くのはいやだ」と言わんばかりに、いちずに通産行政に専念していくようになる。通産大臣には、かつて一度なったことがあるが、失言で不信任され、本格的に仕事をせずに終わったといううらみがある。池田は、徹底的に勉強した。

岸は6月16日に党役員、18日に内閣改造を行なった。

首相― 岸信介、副総理・行政管理庁長官― 益谷秀次、法相― 井野碩哉、外相―藤山愛一郎(留任)、蔵相― 佐藤栄作(留任)、文相― 松田竹千代、厚相― 渡辺良夫、農相― 福田赳夫、通産相― 池田勇人、運輸相― 楢橋渡、郵政相― 植竹春彦、労相― 松野頼三、建設相・北海道開発庁長官・首都圏整備委員長― 村上勇、自治庁長官・国家公安委員長― 石原幹市郎、防衛庁長官― 赤城宗徳、経済企画庁長官― 菅野和太郎、科学技術庁長官― 中曽根康弘、官房長官― 椎名悦三郎、総務長官― 福田篤泰
副総裁― 大野伴睦(大野派)、幹事長― 川島正次郎(岸派)、総務会長― 石井光次郎(石井派)、政調会長― 船田中(大野派)

昭和34年6月18日、私は岸内閣において国務大臣および科学技術庁長官に任命され、同時に原子力委員会委員長となった。昭和天皇の御前に進み出て、「重任ご苦労である」と言われたときには、身の引き締まる思いがした。
再選を果たし、日米安保条約の改正を目指す岸首相は、内閣改造に際して、河野一郎氏に主要閣僚としての入閣を求めた。これに対して、河野氏は藤山外相を除いて閣僚を総入れ替えすることを受諾の条件とした。佐藤蔵相の更迭が主眼であった。しかし、結局、岸首相はこれを拒絶し、河野派は反主流にまわることになった。とはいえ、私の入閣は求められた。河野氏は「選挙区のこともあるから、黙って入れ」という（同じ選挙区の福田赳夫が農相で初入閣したため）。41歳であった。
科学技術庁長官の初代は正力松太郎氏、四代目は高碕達之助氏であり、いずれも尊敬していた方であったので、その後を継ぐことを光栄に思った。

― 参議院選挙で社会党がはっきり安保反対の態度表明をする。
岸― 私が内閣を組織した初めの頃は、社会党は安保条約を廃棄しろとか、改定には反対だという議論ではなかった。当時の国会の質疑応答をみればわかりますが、今までアメリカが勝手にやっていることを制限するんだから、アメリカの反対が予想されるわけだ。従って、岸総理はアメリカを説いて条約を変える決意があるかという質問が主としてあったんです。それが安保条約改定を阻止するというように変っていった。
― 改定阻止ということは、現行条約でいいということではなくて、安保廃棄ということですね。
岸― ところがそれは条約上できない。廃棄といったって、一応条約を対等なものにした上で、それができるような条項をつくるということでないと……。
― 社会党がそういうふうに態度が変っていった原因は何でしょう。
岸― やはり社会党だけの考えではなしに、中共やソ連の影響があったと思うんですよ。当時の中共・ソ連は、アメリカと日本の関係が対等になり、相互に強固になるのを恐れて、改定に反対していた。

― 新条約の調印は予定通り35年1月19日、ワシントンで岸総理とハーター国務長官によって行なわれます。これに前後して岸・アイク会談がもたれ、日米共同声明が発せれます。出発なさる日、いわゆる羽田事件が起こります。
岸― 私は全学連の連中の騒ぎというのは、あまり大したことではないと考えていました。むしろ組織的にみても、総評のデモ隊のほうを重視していた。学生のほうは、ストームをやるような気持ちの連中も大分入っているんでね。
― 新条約調印を終えた翌1月20日、前日に引き続いて二回目の岸・アイク会談がもたれました。ここで「アイク訪日」と「皇太子夫妻訪米」が決まりました。この相互訪問の話はかなり前からあったのですか。
岸― うん、そうです。
― 総理は当然、新安保条約の国会承認を念頭におかれて、アイク訪日の日程をお考えになったのではございませんか。
岸― 僕は、国会議決の後にアイクに来てもらうつもりでいたんです。
― そうしますと「6月19日」というアイク訪日の予定日は、それまでに新条約が国会を通過しているだろうというふうに踏んでのことですか。
岸― その通りです。

― 当時日本の憲法についてのアメリカ側の一般的な認識はどんな具合だったのでしょう。
岸― ひどい話があるんですよ。総理として新安保条約の調印で訪米したときに、日本のいろんなな話が出まして、アメリカ側の誰かが私たちに、まだあの憲法をそのままもっているのか、というんです。そのとき私は、そんなことをおっしゃるけれども、改正できないような条項にしているじゃないですか、といったことがあります。アメリカの人たちは、日本の憲法はとっくに改正されたものだと思っているのかもしれない。
― 新条約承認、アイク訪日、これをやれば岸内閣の長期政権というのは確固たるものになる、というお考えはございましたか。
岸― 仕事をしたい、つまり安保をなんとか解決すること、もう一つは憲法調査会をして「改憲をしなければならない」という結論を出させることでした。もちろん憲法改正は私の内閣でできることじゃないけれども、憲法調査会で、「日本国憲法は改正すべし」という権威ある結論を出させたかったんです。

― 新条約調印が終わりますと、国会の審議に入っていくわけですが、この国会の審議については、総理はどのような見通しを立てておられたのですか。
岸― 実は、いまでも残念なことの一つなんだけれども、調印直後に衆議院を解散すべきであったと思うんです。― 新条約調印からお帰りになってからですか。岸― そうです。国民に現行の安保条約と新条約の違いを示して、いかに新条約が立派なものであり、また日本国民にとっていかに利益であるかということを総選挙によってナニしたかったんです。選挙に勝つ自信はあった。総選挙になれば絶対勝つという確信をもっていました。選挙に勝利して議会に臨んだら、議会がいくら騒いだって、国民が新条約を支持しているではないかということになるんです。いろいろ騒いでる連中は、国民の騒ぎじゃなしに、ある一部のつくられた騒ぎじゃだということが明確になるんです。