358 直接、南千島に触れないこの表現は、日本側としては、 「南千島の問題をふくんで平和条約の交渉を継続するもの」と解釈できるし、ソ連側はまた、「南千島はソ連領に決定ずみだから、それを除いて、平和条約に関する交渉を継続する」と解釈できるように作られたものであった。日ソとも、それぞれが有利に解釈できるように作られたこの条文を、あとで松本俊一は、「どの過去の条約、協定にもみられない名表現」と称した。名表現であるがゆえに、のちのち日ソ間に北方領土問題という宿題を残すことになるのだが― その時点では、こうした妥協以外は、ソ連にしても、日本にしてもなし得ないところだった。 話がまとまると、河野は、「鳩山首相に裁断を仰ぐ、すぐに回答する」といいおいて、外に飛び出した。 鳩山に、異存はなかった。 「よくやってくれた」と、涙ぐむ鳩山をあとに、河野はあわただしく共産党本部にとって返した。フルシチョフと、握手をかわした。この肥った奇妙な怪物は、それまでの激論をけろりと忘れたように、「よかったな」といって、河野に片眼をつぶってみせた。 戸川猪佐武2018/01/29 21:001