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左翼は偽善者、保守派は正義

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だよね?

283

事情を察知した木村は
「絶対にフォード大統領にいってはなりません。外交上 非礼に当たります。むしろ私から非公式に キッシンジャー国務長官に耳打ちしておきましょう」と答えた。それで田中は納得した。
しかし この時には田中は
― なるべく早い機会に辞意を表明したい。
という心境だった。思い立ったら できるだけ早くというのが 彼の人生訓だった。性急でもあり また思い切りよい性格であった。次に田中は二階堂進幹事長を呼んだ。
「これは おれがはじめて正式にいうことだが……いよいよ辞任する」
と切り出した。二階堂は息をのんだ。
― 予想はしていた。また自分が幹事長として幕引きにあずかることも覚悟はしていた。ついに くるものがきたか……。
二階堂は無量の感をこめて しばらくは言葉も出なかった。
「後の段取りは同志と相談させて下さい」といった。
総理大臣室を出た二階堂は 古巣である官房長官室に寄った。竹下登官房長官がいる。
「いま おやじに呼ばれた。君にも直接話があるだろうが、退陣だ……」といった。
竹下もまた きたるべきものがきたという思いを隠し切れない表情だった。

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そこから二階堂と竹下は 田中派幹部の西村英一、金丸信たちに電話で田中の辞意を伝え 砂防会館の田中事務所にくるようにといい添えた。
事務所に集まった西村、金丸たちは いずれも田中退陣を予測し 暫定総理総裁の収拾案を講じてはいたものの 田中退陣が現実のものとなると さすがに侘しさは免れなかった。
― できれば頑張れるところまで頑張ってみたかったが……。
そんな感情が残された。西村も金丸も
「おやじが辞めるというんなら やむを得んな」
残された未練をそういう言葉で断ち切って すべてを諦めた。二階堂は
「だが後はどうなるか……。うまく収拾することが党のためには大切だ。後が混乱状態に陥ったんでは 退陣していくおやじの面目にもかかわる」
幕引き幹事長としての責任を感じていた。

臨時閣議が終わったところで 田中は
「大平君……一寸」
そういって大平を総理大臣室に招じ入れた。
「公式にはまだいえんが おれは辞める」といった。
それは大平も予想していたところだが
― そのあとは……?
そこに大平の全神経は集中された。田中は今は歯に衣を着せないでしゃべった。
「おれの後、総裁公選が常識だ……。君は自信があるか?」

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「あんたの協力があれば問題ない」
大角連合で勝てるという計算は 先頃 鈴木善幸と二人で弾き出したところだ。
「おれも心情的にはそう願いたい」と田中はいったが
「しかし大平君。混乱が起こりゃァせんか」
と尋ねた。大平は察していた。
― 混乱を予想して 角さんは暫定総理総裁を考慮している。その線で密かに動きつつある。しかし……それではならん。
大平は腹に力をこめた。
「公正な公選こそ明朗な総裁選出方法……その趣旨が党内に徹底すれば 後に混乱は残らんはずだ」
「そうかな……。おれはその政局の紛糾を一番惧れとるんだ」
「公正な公選で混乱回避……わが派はその線で動く。田中派にも協力を願いたい」
「それはいいとして三木、福田は話し合い選出を主張するぞ」
「党内のコンセンサスは公選で落ち着く……」
大平は自信ありげにいった。田中は
― 公選でいける……というのは大平君の希望的観測に過ぎはせんだろうか。
― やはり落ち着くところは暫定か。
田中はそう考えはしたが この時にはそれ以上のことはいわなかった。

フォード大統領の日程は 翌19日に両陛下との会見、田中首相との会談、首相主催の午餐会、宮中で政府与党首脳を交えての晩餐会。

286

20日には日米首脳会談、共同声明発表― それで公式なものは終わる予定であった。
そのあと政府から小坂徳三郎総務長官が同行して京都を見物し 22日に離日することになっていた。
しかしこの20日には田中首相退陣決意のニュースは政界に広がり 政局の流れは速度を上げ たちまちのうちに奔騰する激流になっていった。
21日の各紙朝刊は日米首脳会談、共同声明を報じながらも、それ以上に大きくトップで
「田中首相、退陣を決意」と報道した。
これを機に政局の激流は堰を切って 各派至るところに後継総裁をめぐっての思惑、行動を氾濫させることになった。
大平派はすでに19日から多数派工作を潜行した形で開始していた。まだ直接
「大平支持を頼む」という呼びかけではなく
「公正な総裁公選で後継者を決定しよう」
という働きかけであった。それは三面の狙いをもっていた。一つは暫定総理総裁構想を消滅させること、一つは三福両派にある話し合い選出を潰すこと、一つは公選になったとき大平を支持させること― であった。
鈴木善幸総務会長は21日の朝刊に「田中退陣」が報道されると 記者団に一気に早い機会の公選というアドバルーンを打ち上げた。

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「田中首相の退陣表明は 政治の空白をつくらないために早いほどよい。そこで26日の党役員会で総裁公選を行なうための党大会招集を正式に決定する。党大会の日取りは12月10日になるだろう」
それは各派の反響を読むことも意図していた。だが
― 党大会公選を一挙 既定事実にしてしまおう。
という策でもあった。
鈴木は三役の一人であるだけに その談話は広く反響を呼んだ。反主流派は別として 主流派の間、マスコミの間には
― やはり公選か。12月10日は妥当な日取りだろう。
そういった機運を盛り上げるのには多大な効果があった。
これに対して三木、福田派は
「公選に反対、話し合いで後継者を選出すべきである」と反論を加えた。
鈴木談話を新聞で見た田中派の金丸は
「善幸はやり過ぎだよ」と洩らした。
― 早々とこんな談話を出したんでは潰されてしまう。
と看たのだ。また鈴木談話に対する三福両派の強い反対をみて金丸は
― 所詮、暫定案でいくより他はない。
と改めてそう思った。
椎名暫定案を支持していた一人に田中派の木村武雄がいた。木村はしばしば田中を訪ねていたが 新聞で鈴木談話を見るなり首相官邸に飛んできた。22日のことである。

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「総理。公選などやったら党は一大事に陥る。よもや総理は大平君に 公選でいくとか 公選を主張しろとか けしかけたんじゃあないでしょうな」とねじこんだ。
「おれは何もそんなことはいいはせん。党の混乱、紛糾を誰よりも心配しとるんだ」
田中はそう答えた。木村はまだ田中から直接 椎名暫定案を聞かされていないことが いささか癪の種だった。
「総理。何かわしに隠しとることがありはせんか」
「すべて二階堂、西村には話してある」
「といっても それは大平をかつぐ……ということじゃあるまいな」
木村はずけずけとものをいった。田中は苦笑して ざっくばらんにいった。
「おれはな、心情的には出来れば大平の政権を今すぐにでも作りたいよ。が、それでは党内が荒れる。だから知恵を絞っとる最中なんだ」
「椎名暫定か?」
「まァそんなところだ」
「それならよろしい」と 木村は「元帥」というあだ名にふさわしく おうようにうなずいてみせた。
「なァ総理。勝負というものは これから進もうというものが考えるもんだ。去ろうとするものが考えてはならん。これは政治家が守るべき鉄則というもんだ。でないとバカな目に遭う。

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佐藤栄作をみろ。去る時に臨んで福田をかつごうとしおった。福田に勝負を賭けた。あんたが勝った。その結果、今の佐藤は党内に何の発言権も影響力もありはせん。あんたも下手に大平を推して それが裏目に出てみろ。佐藤とおんなじことになる」
と木村は山形訛りで捲くし立てた。
「わかったよ、元帥。おれも大平に いま無理をさせたくはないんだ。しくじれば元も子もなくなると思っている。大平が無理しても まとまる情勢じゃァない」
「そうだ、だから椎名暫定で当面 党内を落ち着かせることさ」
木村はまめだった。その足で大蔵省大臣室に大平を訪ねた。
「角さんの意を受けてな……」と木村はそう前置きして話しはじめた。
「角さんは君に格別の好意、厚情をもっとることは御承知の通りだ。だが この際は難しい事情、条件がある。無理してくれるな、自重して欲しい……ということだ」
大平は嫌な顔をした。
― 角さんは絶対におれを支持してくれるはずだ。
― 木村君は角さんの意思を歪めとるんではないか。木村君は例の党人政治論の立場から三木を支持しているのか?
大平はあまり真剣に取り合わなかった。

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ひたすらに大平派は「12月10日党大会で総裁公選。そこで大平総裁実現」というコースを驀進し続けた。連日、宏池会事務所その他で総会、世話人会を開き、そこでその主張を繰り返し ときによって鈴木善幸、ときには佐々木義武たちが記者団に 決然とした態度で公選論をぶち上げた。
「総裁を選ぶのに公選の方法をとることは自民党の党則である。しかも選挙によることが最も民主的である。一部には公選は金権政治につながるというが、椎名調査会は『従来の無記名投票を廃し記名投票にする』ことを結論づけている。これはそういった弊を防止するためには最良の方法である。従って今回の公選は記名投票としたい」
「むしろ一部にいう話し合い方式は かえって “密室政治” の印象を与え不明朗な取引になりかねない」
それが大平派の公選論の根拠だった。もちろん実際には
― 公選に持ち込めば大角連合を核に中曽根、椎名、中間派の一部の票を得て ゆうに福田に勝てる。
という計算が働いての公選論だった。
「しかしその公選も下手に遅れると 田中派の結束が緩み 中間派が福田派に切り崩される。早急な公選実施が有利……」
と鈴木たちは算盤を弾いていた。

291

それだけに大平、鈴木たち幹部の間には
「急がなくては……」という焦慮の色が濃かった。
福田、三木派は これまで謳ってきたように
「総裁公選は金権政治を生み出し 派閥対立を激化させ 諸悪の根源である」という論法であった。
あわせて両派とも
― 公選では大角連合に敗れる。
という観測があって 話し合い方式を主張したことも否定できない。逆に話し合いならば これは椎名副総裁をはじめ 元首相の岸信介、佐藤栄作、長老の前尾繁三郎、船田中、水田三喜男、石井光次郎、保利茂たちの協議になる。
この場合、岸、佐藤、船田、水田、石井は文句なく福田支持で多数である。大平支持は前尾一人だ。保利は福田との間が冷えているとはいえ 籍は福田派にある。究極的には福田指名で納得するのではないか。椎名は不服ながら大平支持か。どうみても福田の勝算は大きい。
そうした政治算術から 福田派が話し合い方式を固持していたことも確かである。
三木派にしても第四位の派閥では 公選では勝てる望みはない。話し合いで大平、福田どちらとも決め難い場面になれば 三木という目がないわけではない― という計算がないとはいえなかった。

292

こうして22日には大平派対三福連合は
「公選か 話し合いか」をめぐってデッドヒート状態に立ち至った。
「やはり恐れていたようなことになったな」
その午後、田中は砂防会館の事務所で 二階堂、竹下たちに洩らした。二階堂が
「大平派からは援軍を求めてくること しきりです。田中派も総裁公選を決議してくれ……とせっついてきとります」といった。
「私のところにもいってきますな」と竹下が苦笑した。
田中は天井をにらんだ。
「おれは局外者だ。が、西村会長以下 七日会が大平派を援けるのは友誼上 止められん……」
それは大平に対する餞であった。だが去って行く総理としては また別個の配慮がなくてはならなかった。
「まず公選か話し合いか、そのどちらに決めるか……だ。これについては椎名調査会を再開して こういう際 どちらが党近代化に適切か検討してもらう。同時に実力者会談を開いて政治的な見地から相談してもらう。これが穏やかな方法じゃないかね」
二階堂も竹下も同感だった。
「しかし うまい具合に結論が出ますかね」
竹下が首をかしげた。田中は「調整つかず 結論が出ず……という時は椎名暫定だな」と 一人で合点したようにうなずいた。

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