主流派では 277人の議員総会開会要求を突きつけられた中曽根幹事長が、すぐに総務会長の灘尾弘吉、政調会長の松野頼三、幹事長代理の石田博英に招集をかけて執行部の会合をもった。
「この議員総会招集の件は、四役と党機関で話し合って調整したい。調整の上、開会するとしても、党の混乱を深めるもの、党を分裂させるものであってはならない。党を強化する実りあるものにしたい」
という中曽根の意見に 皆が賛成であった。
このうち灘尾は今度の三木おろしの狼煙を打ち上げた最初の人間ではあったが、今は燎原の火のように党の秩序も慣例もなめつくし、ひたすら三木政権を焼きつくそうとする反主流のあり方に
ーこれは最悪の事態を招来しかねない。
という危機感を抱き始めていた。
「悪いことにならんうちに三木君にも辞任を決心してもらい、今すぐでなくても退陣時期を反主流に示すことで収めるべきだ。また三木君が円満に退陣できるよう、反主流もある線で鉾を収めるようにしたらどうか……」
といい始めた。真摯な人柄だけに党の混乱、分裂は好むところでなく、真にそれを憂慮していたのだ。

そういわれて三木派の石田は
「三木首相が辞任を約束するとかしないとか……それ以前、やはり三木首相と福田、大平両氏が肚を割って、じっくり話し合うところから事態をほぐしていく以外、ないんじゃあないか」
といった。
「それはその通りだ。三者会談の中で話し合いがつけば、反主流派の両院議員総会や、その席での総裁不信任、解任とか、そうしたことはなくなる。円満に事態が収拾されるはずだ」
灘尾も賛成であった。
それで石田がその場から、首相官邸にいる三木に電話をかけた。
「いま四役で話し合っているところですがね。やはり総理が福田、大平両氏とよく話し合って、何らかの結論を出すべきです」
三木は例によって
「それはそうだがね……」と 後はイエスともノーともいわなかった。
時が時だけに、この石田の電話が
「三木派の某首脳が 三木首相に辞任を勧告した」
という話になって伝えられた。それが三木首相の耳にも 秘書官を通じてもたらされた。三木は露骨に怒りの色を見せた。
ーさっきの石田の電話が原因だ。
そう推理して、すぐ石田に電話した。

「君と僕の話は そんなことではなかった。それがこんなデマになるとは……まさか君が妙なことを放送したんではあるまいね」
石田も面白くなかった。
ーおれは三木首相のことを心底から心配しているのだ……。
こうした行き違いは政局の混乱期だからこそ起こる現象でもあった。

議員総会を24日までに開会するという反主流派の大攻勢に、三木派は騒然とならないわけにはいかなかった。弱気論も出始めた。
ー圧倒的多数の圧力の前に 小派閥政権は潰されるのか……。もう、いかん……。
それでこの日は 井出、河本、海部、あるいは副幹事長の野呂恭一、派の世話人の森山欽司たちが 相次いで官邸や私邸に詰めかけてきた。だが三木は少しも変わりなかった。
「いま私に辞めろというのは 名分が全くない。世論は私を支持している」
たまたま この何日か前、ニューヨーク・タイムス紙が
「三木武夫は保守勢力のホープであり、総選挙には三木首相で戦うのが有利である」という論評を掲げた。また民社党の春日一幸委員長も
「ロッキード事件で三木内閣がとっている措置は、おおむね妥当である」

「人心一新を名目にした自民党の一部の動きは、ロッキードの真相解明を三木内閣にやらせまいとする無責任な態度である」
と語っていた。それらに三木が勇気づけられていたところは多分にある。
「ロッキード事件の灰色高官の解明が決着もつかんうちに、政権を投げ出すのは政党政治家として無責任なことにもなる。国民の間からは一向に、三木辞めろの声は上がってはいない」
その上で 三木は井出、河本、海部にこう洩らした。
「福田君は何を焦っているのかね。僕に取って代わって総理総裁になり、総選挙を戦い勝てるつもりでいるとしたら、これは大変な自惚れだよ。いま福田総理総裁になったからといって、自民党の人気が急上昇するわけでもない。むしろ逆じゃあないのかね。それよりも下手なことをして党を分裂させたら、福田君自身にとっても何のプラスにもならんだろうに……」
三木はそれなりに、三木おろしと戦う自信を持っていた。
ー両院議員総会で たとえ自分が総裁のポストを解任されたとしても、また福田が新総裁に決定されたとしても、自分は総理大臣たる地位は失わない。

ーもし福田、大平が閣僚を辞任するというのなら、後任を任命し、その新体制で臨時国会を召集する。
ー臨時国会の召集には反主流派といえども世論上、反対できまい。臨時国会が開かれれば、いかに福田、大平、田中派が反三木であっても財特法その他を潰すことはできない。
ー全てが成立をみたところで自分は衆議院を解散し、この手で総選挙を行う。
これが三木の防衛、逆攻勢作戦であった。かつて三木は佐藤栄作首相と戦った時に
「総理大臣の権限は極めて強大だ。百人力だ。総理一人の力は派閥百人の力に匹敵する」
そのように思い知らされた。
ーしかし今は自分こそ百人力を持っている。
ーこの勝負は勝てる。
と確信していた。

その19日の夜、反三木陣営六派の幹事がホテルオークラの一室に集まった。
福田派ー保利茂、園田直
大平派ー鈴木善幸、小山長規、福永健司
田中派ー二階堂進、江崎真澄
船田派ー船田中
水田派ー水田三喜男
椎名派ー長谷川四郎
この会合で反主流派を連ねて挙党体制確立協議会を設けることが決定をみた。以後、反主流は「挙党協」と名乗ることになる。

そこで代表世話人に推されたのは 数少ない戦前派の一人で、衆議院議長をつとめた船田中であった。世話人代理に水田。世話人幹事に園田、鈴木が選ばれた。
この夜の会合が挙党協世話人の第一回会合ということになったが、誰もが興奮をあらわにしていた。二階堂が
「三木首相は24日の閣議で臨時国会の召集日を決めようということのようだが……絶対に決めさせてはならない」
「その通りです」
園田が答えた。
「臨時国会を開かせてたら負けです。財特法などについては、われわれも反対できない。成立への協力を余儀なくされる。三木おろしの鉾先が鈍る。それのみならず 三木は好きな時に解散を打ち、総選挙に逃げてしまう」
「そうだ。だから臨時国会前に 三木を辞めさせねばならん」
と福永が応じた。園田は説明した。
「そのために24日の閣議で、反主流派閣僚が臨時国会召集反対に出る。午後の議員総会で三木総裁の不信任、あるいは解任を決議する。しかるのちに福田、大平両氏が三木に会って辞任を迫る……。そういう段取りにしてあります」

それは鈴木、江崎たちは とうに諒解しているところである。長谷川は
「福田、大平両相が先に辞任する……という手はどうだ？」
といい始めた。
「そのくらいの決意がなければ、三木おろしはできない」
というのだった。園田が答えた。
「その件も時と場合によって……ということで 福田、大平氏は考えている。だが今のところ 一足先に両氏が辞任したのでは、閣議における反主流派勢力が弱くなる。臨時国会召集を閣議で反対する上に、かえってまずい」
「当然です。もし三木陣営が両院議員総会の開会に応じない……といった場合には、閣僚引き揚げの手を打つ」
それで長谷川は納得した。
園田はいかにも三木おろしの影の立て役者らしく、終始この席をリードする形であった。
「この際です。他にご発言は？」
と聞いた。小山が
「24日前に三木はおそらく福田、大平に会いたいといってくるだろう。うまくいけば その時の話し合いで 三木を辞任に追い込めるのではないか」
そんな観測を述べた。
「三木も24日になったら議員総会で不信任、解任を突きつけられる。その前に恥をかくことなく辞任……というのが本来だが、なかなかしぶとい。行くところまで行かんと辞意は表明しまい」

そういった反論が船田から飛び出した。
「しぶといといえば三木は巧者だから、せっかくの会談で何をいうかわからん。それに福田、大平両氏がしてやられて、ただ話し合ったというだけでは意味がなくなる……」
三木を国協党以来よく知っている二階堂がそういった。江崎がうなずいた。
「そうだな。その辺、福田、大平氏は処女みたいなものだ。今まで共に一対一で三木に会ってきたが、辞めろとは切り出せずに、うやむやにはぐらかされてきた。今後は三木とは個別に会わんほうがいい。会うならば二人一緒でないとまずい。とにかく要心せねばならんです」
江崎はそういった後、さすがに消息通らしくこういった。
「三木は臨時国会を召集したら財特法も何もかも放り出して、冒頭解散を打つという噂もある。それどころか国会召集なしで解散する手も考えとるという話もチラホラしている」
「なに、その時は閣議で国会召集の件について署名を拒否すればいい」
長谷川がそういった。江崎は
「それがますます油断ならんのですが、その場合、三木は閣僚の首のすげ替えをするという話も流れている。

新閣僚は議席のない民間人を起用するつもりで、法制局長官に何人まで民間人を起用できるか調べておくよう命じたという説もある」
皆が三木おろしに燃えながらも
ー三木は老獪。
と見て、どんな手を打ってくるか警戒していることは確かであった。

それぞれが全く相反した思惑を抱きながら、三木と福田が会ったのは 8月21日であった。
「国務優先、臨時国会が先決」
という三木に向かって、福田は
「少なくとも総選挙前には党体制を一新しなければ、総選挙には勝てない」
といって話は並行線のままに終わった。
翌22日、三木は今度は大平を呼んだが、この会談に先立って大平は福田に会って
「やはり臨時国会前の三木退陣で押すべきだ。それで攻めて、だめならば総選挙前の退陣を約束させる……」
そのように打ち合わせた。
総理官邸に乗り込んだ大平に、三木は
「とにかく臨時国会を開いて財特法その他を上げたい。その国会審議と並行して党一新の政局問題を協議する……という条件で折り合えないか」
そう持ちかけた。大平は言葉数は少なかったとしても
「そうはいっても総理のガバナビリティ (統治能力) は限界にきている。

党内はもう、総理のいう通りにはなりません。臨時国会前に党一新の決着をつけるべきだ」
そういって譲らなかった。
福田にしても 大平にしても
ー24日の両院議員総会が決定をみた。
という情勢を背景に、強気そのものになっていた。福田もそうだったが、大平もまた
ーどうせ明後日24日に 勝負がつく。
その読みで、執拗に食い下がる三木を振り払う形で総理大臣室をあとにした。
この両三日の間ー 20日には中曽根派の佐藤孝行元運輸政務次官・党総務局長が、全日空がロッキードからトライスターを購入するに際して 全日空から二百万円を収賄したかどで逮捕された。翌21日には田中派の橋本登美三郎元運輸相・元幹事長が、同じ件でロッキードの日本総代理店である丸紅から五百万円を収賄した容疑で逮捕されていった。

8月24日の朝刊各紙は全て
「三木退陣へ動き加速。大福 閣僚辞任も。反主流、両院議員総会で総裁不信任決議の構え」
「三木退陣をめぐる党内抗争。今夕、三福大会談。決裂の様相」
といった見出しの記事で第一面トップを埋めていた。その内容は
ー結局、三木は退陣に追い込まれる。
ー三木が居坐れば党は分裂か。