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左翼は偽善者、保守派は正義

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だよね?

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「最後の件……つまり議員総会で三木総裁の不信任案、解任決議案を出して採択……というのは うまくない」
保利の発言には重味があった。田中退陣の後、 “保利茂暫定総理総裁” といわれたほどの存在だ。それに保利が業師であり、勝負師であることも周知のことだ。皆が
ーなぜ、うまくないのか?
その面を見つめた。
「もしそうなると、三木君はその決議に対応して党を割る」
そう保利はいった。それに江崎真澄が反論した。
「こちらも党を割るくらいのつもりで かからねばならんと思っとる状況です。若い連中もそこまで決意しとります。三木が割って出ていくなら結構じゃありませんか」
保利は口先を尖らせるようにして笑いの表情をみせた。
「急いでは いかんですたい」
こういう時に佐賀訛が飛び出す。
「党を割ったら、もとも子もない。後の政権を福田君が取ろうと、大平君が取ろうと、少数党内閣だ。予算、法案なに一つ通すにも、三木君に頭を下げ、三木派の協力を仰がねばならん。所詮、三木君に鼻面をつかまれて 引きずり回される結果になる」
保利は民主党時代に党分裂で苦労した苦い経験を持っていた。

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「……そこでだ、午後の議員総会で『臨時国会前の党一新を期する』……その決議をするべきだ。この党一新ということの中に三木退陣の意を含めて、そう決議する……。これをもって福田、大平両君が三木君に会い、三分の二がかように決議したのだから退陣すべきだと迫る。これで決着をつける。これならば三木君も党を分裂させる理由、名分はあるまい……」
この保利の提案に異議を申し立てる者はなかった。後になってみればー この保利提案を容れずに議員総会で三木総裁の不信任、解任決議を議決していたら、三木は党を割ったかも知れない。保利提案で党分裂は回避されたわけである。ただ議員総会の決議が党一新という抽象的なものになったため、議員総会が迫力を欠く結果になって反主流派の気勢を殺いでしまったことも事実である。

午後2時からの議員総会までに まだ時間を余している正午を差し挟んで、自民党内の動きは更に慌ただしいものがあった。
この事態を党執行部である中曽根幹事長、灘尾総務会長、松野政調会長も黙って手をこまねいて見ているわけにはいかなかった。

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中曽根の発意で三役は
「福田、大平両氏の真意を質し、三木首相と妥協がつくものならば何とか取り纏めるべきだ」
ということになった。
大平蔵相が自民党本部の総裁室に招かれたのは 11時半であった。これに続いて福田副総理が三役に呼ばれたのが 12時半である。
この党三役と大平、福田との会談の最中にも、大平派、中曽根派はそれぞれの事務所で総会を開いていた。大平派は
「両院議員総会で三木退陣要求を明らかにする」と決議したのに対し、中曽根派は
「議員総会は党則に基づく正規の議員総会とは認めない。従って中曽根派としてはこれに出席しない」という決議を行うなど、議員総会を巡る主流、反主流派の対立は尖鋭化する一方であった。
それだけに中曽根、灘尾、松野の三役は大平との会談で
「議員総会で早急な結論を出すべきではない。一旦妙な結論を出せば、それによって党分裂の場面も起こりかねない」
と執拗に説得した。大平は
「党内円満にというならば、この際277名の署名が集まったという事実を三木首相が真剣に受けとめて、自らの進退を明らかにするのが本筋だ」
と三役のいい分を突っぱねた。

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続く福田との会談は話し合いの中身は同じことで 20分ほどで終わった。総裁室を出てきた福田は待ち受けていた記者団に
「これでわしは無罪放免だそうだよ」
と にこりともせずにいったきり足早に廊下を歩いてエレベーターの中に姿を消した。
結論の出ないままに三役は党本部から首相官邸に向かった。総理室に入ったのは午後1時半である。
中曽根は深刻な表情で福田、大平との会談の内容を三木に報告した。
「……といったようなことで連中は議員総会になだれ込みます。が最悪の事態は避けたいということを強く要望しておきましたので 議員総会で最終場面に立ち至ることは まずないと思います」
「ぜひともそう願いたいね」
「議員総会で最終的なことさえ出なければ まだまだ話し合いの余地はあるわけですが、予定されている三者会談はどうされます」
「そうだね、議員総会のあり方次第だが この時点では二人に会っても仕方がないように思うな」
三木は先ほど井出たちにいった同じことを この三人にも話した。その様子は三者会談などには全く興味がないといった様子であった。中曽根は
ー三木は捨て身の戦術に出るつもりだ。
ということを嗅ぎとった。

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だがそのことは口にせずに灘尾、松野とともに官邸を出た。玄関のところで記者団が三人をおっとり囲んだ。
「三者会談は何時からです?」
「三者会談で何とか打開できますか?」
そんな質問が矢継ぎ早に三人に放たれた。中曽根は答えた。
「総理は三者会談には気乗り薄だ。今日は三者会談は開かれないかも知れない」
そう答えながら中曽根は暗然たる気持ちであった。
ー行きつくところまで行かなければ 打開はできないのかも知れない。
そういう想いを抱きながら車に乗り込んだ。

この党執行部と三木との会談をよそに、院内では福田と大平とが顔を合わせていた。
議員総会を前にして 二人の意思疎通を図るためであった。その二人のところに福田派の園田直からの電話が入った。園田はそのしゃがれた声のオクターブを上げて、興奮の態であった。
「たった今、三役と三木との会談が済みましたが、三木は今日は三者会談に応じない模様ですよ」
「本当かね」
福田は意外そうな声をあげた。
ー今日、三木に会って退陣の約束を取り付けようというのに、それではこちらの作戦が狂う。
慌て気味になった。と同時に
ーいったい三木は、われわれに会わんで どうしようというのか。

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そんな疑問が湧いた。が、もともと胸に一物をおかない人物である。三木の深慮に思い当たるべくもなく、むしろ
ーわれわれに会わんとは けしからん。昨日はあれほど、明日また会おうといっていたくせに、何ということだ。
むしろ怒気が胸の中に充満した。園田の電話を切るなり大平の方を向いて、不快そうにいった。
「三木君は三者会談を拒否するようだよ」
「それはまずいな」
と大平も渋い表情になった。福田も
「うむ。まずい」
相づちを打った後、福田は決心したようにこういった。
「よし、三木君に談じ込もうや」
隣室に控えている秘書官を呼んで総理官邸に電話を繋がせた。三木が電話口に出ると福田は切り出した。
「いま聞いたところによると、三者会談は今日はやらんといっとるそうだが、本当かね」
「まあ、そんなところだ」
と三木は曖昧な返事をした。福田はいきり立ったような口調になった。
「もう間もなく議員総会が始まるが、みんな気負い立っている。三者会談を流すとか遅らせるとかいうことになると党内はいよいよ殺気だってくる。何が起こるかわからん」
「殺気だつ……?」
三木は受話器の向こうで白けたような口調の返事をした。が、語調を改めた。

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「福田君、かりにそんな空気があるんなら、なおのことだね。君や大平君と話し合っても全く意味がないよ。話し合いをする以上は冷静に、理性的にしなけりゃいかん。三者会談は止めようや」
この三木の返事に福田は苛立った。
「これから議員総会が開かれるんだ。その前に三者会談の時間ぐらい決めておかんと どうにもならんよ。われわれも責任がもてない」
いま三者会談の約束があればともかく、それがない限り議員総会で総裁解任決議案が出ても、自分たちは責任がもてないという威嚇だった。
三木はいかにも不承不承といった調子でこう答えた。
「……それではだね、三者会談については よく考えておこう。後で返事をするよ」
そういうなり三木は電話を切ってしまった。
実際は三木は
ー議員総会の後、三者会談。
という肚は決めていた。それを有利に運ぶための作戦であった。
事実、三木の煮え切らない態度に 福田は不満と怒りを感じながらも、ふっと気を抜かれてしまったような思いに陥った。
「三者会談、考えておこう、後で返事するよ……そういったきりだ」
「どういうつもりかな」

600

つぶやくようにいいながら、大平もまた 喧嘩の相手の姿が ふっと消えてしまったような思いにとらわれた。
しかしー 十数分後には井出官房長官が福田と大平のところに電話で
「三者会談は午後5時から……」と連絡してきた。それを受けた時、二人とも どこか拍子抜けしていた。

両院議員総会の会場には衆議院別館五階の講堂が当てられた。日頃は議員の外遊記念映画の試写会などに使われる程度で、そう広くない部屋である。39年、佐藤栄作新総裁推戴の議員総会に使われたことがあった。
予定された午後2時少し前から、反三木派の両院議員たちが続々とこの講堂に詰めかけ始めた。
議員たちは講堂に入る前に、入口の受付で一人一人署名をする。若手議員と秘書数名がその受付に当たっていた。その中の一人が叫んだ。
「やった!261名だぞ」
自民党両院議員数の三分の二は261名である。その数に達したということは、この議員総会が成立したことを意味していた。もっとも宮沢喜一外相のように秘書に名刺だけ持たせてよこした者もいれば、署名だけして そそくさと立ち去った村上勇郵政相のような人たちもいた。

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それでも2時を少し回った頃には会場は反主流派議員の熱気が充満して、冷房などもはや効果はないまでになっていた。これに加えて公開の議員総会とあって、記者やカメラマンたちが会場の幹部席に近い場所に鈴なりになっていた。
そうしたところに椎名副総裁、福田副総理が姿を見せると、拍手と歓声が湧き起こった。議員席から福田に向かって野次が飛んだ。
「もう総理のような顔つきだぞ」
苦笑しつつ、福田はカメラのフラッシュを浴びながら幹部席についた。それに続いて大平蔵相、船田中、岸信介が横一列に並んだ。
続いて田中派の二階堂進が会場に姿を見せた。先ごろ某紙がコーチャンの回想談話を報じた中に、二階堂の名前があげられていた。
ー事実でもないことをコーチャンがしゃべりおった。不愉快 極まりない。
この一本気な薩摩男は、その感情をあらわに無言で乗り込んできた。
同じように米側資料に名前が出ていると報道された福田派の加藤六月が、ことさらに笑いを浮かべて会場に入ってきた。報道された当時、腐り切りで 暫くは党本部にも姿を見せなかっただけに、片っ端から同僚議員たちと握手を交わし合っていた。

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会場からは笑い声があがり
「頑張れよ」
「逮捕されなくてよかったな」
といった声があがった。
開会は午後2時15分ー 壇上の議長席についたのは上原正吉両院議員総会長である。
「出席者は264名、両院議員の三分の二を超えました。従って本議員総会を党則により党大会に代わるものと致したいが、ご異議ございませんか」
と宣言した。
「異議なし!」の声が雷のように轟いた。
続いて登壇したのは水田派の三原朝雄である。この二か月間、有志議員懇談会を率いて三木おろしに奔走してきた。いかにも手慣れた様子で
「ロッキード事件の解明は、わが党に大きな影響を与えた。政治的波紋も果てしなく広がった。こういう時局がら党員一人一人が厳しく受けとめたいと思う」
と自民党としての反省論を要領よく述べた後
「人心の一新を断行して臨時国会、総選挙に臨むべきである」
と早くも三木おろしを弁じ立てた。
これを受けて挙党体制確立協議会の代表世話人である船田中が壇上に登った。議員歴すでに30年を超えている。衆議院議長を務めること二度。このような場面は幾度か経験してきたはずであるにも拘わらず、さすがに緊張にその挙措を昂らせていた。

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